「河岸を変える」- 河岸とは一体なんなのか

河岸を変える

女子会だとおしゃべりに夢中になって
あっという間に時間が経ってしまうから、お店に長居しないよう
3回くらい河岸を変えたんだよ、という話をしたら
意味が伝わらなかったことがあった。

自分が知ったのは多分小説に出てきたのが初出だと思う。
聞き慣れないと漢字変換も難しい言葉かもしれない。

「河岸」とは

読み方は「かし」。
読んで字のごとしで、川の岸のことを指す。
主に舟に乗ったり荷物を降ろしたりする場所のことで、
舟を繋ぐ杭のことも「かし」と呼ぶ。それが立っている場所だ。
現代では繋ぐ場所のことは係船柱(けいせんちゅう)や
ボラードと呼ぶことが多いかと思う。

魚市場のことを「河岸」と呼ぶこともある。

舟で人と荷物が運ばれ、飲食や遊びなど商いが行われ
その場所が賑わう。
そこで河岸自体に飲食や遊びをする場所という意味もついてきた訳だ。

場所を変える、気分転換に別の場所へ移る、
特に、飲食店を変えて飲み直すときによく使われる表現になった。

「お店を変える」と同じ意味ではあるが、個人的には
単純にお店を変えたいというより、場所も気分も変えて飲み直したい、
もっと話したいという時に使っている言葉だ。

「泥酔」「泥のように眠る」の語源-中国古典『異物志』の空想上の虫「泥」

「泥酔する」「泥のように眠る」といった表現がある。
これらの慣用句に共通して使われる「泥」とは、
水を含んだ液状の土である泥を指すのだろうか。

実はこの「泥」という言葉、ある意外な語源を持っている。

「泥」という生き物

中国の古書『異物志』には、空想上の虫「泥(でい)」が登場する。
それは「南海にすむ、骨のない虫」で、水の中では生きていられるが、水を失うと酔ったようにぐったりし、まるで一塊の泥のようになるという。

南海有蟲、無骨、名曰泥、在水則活、失水則酔、如一堆泥

つまり「泥」とは、そもそも泥そのものを指す前に
ぐったりと形を保てない状態を示す伝説上の生き物の名だった。

「泥酔」の語源

この「泥」の特徴――水から離れると力を失い、
ぐにゃりとして動けなくなる性質――が
酒に酔って正体を失った人の様子に似ていることから、
「泥酔」という言葉が生まれたとされる。
日本でも平安時代には、酒に酔った状態を「泥の如し」と
表現するようになった。

「泥のように眠る」も同じ語源

「泥のように眠る」という表現にも、同じ語源が潜んでいる。
骨がないために水から離れ陸に上がると形を保てず動けなくなる虫の様子が、
疲れ果てて深く眠る人の状態と重なる為だ。

まとめ

柔らかい泥に沈み込むようなイメージを持ちがちだが、
実は伝説の虫の名前が始まりの表現なのだ。